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ぼくらの時代のシャムキャッツ。

music

TAKE CARE

 

かつてナンバーガールの名ライブ盤『シブヤROCKTRANSFORMED状態』で向井秀徳は「おれはヤヨイちゃんが好きや!」と言い放ち感傷的なアルペジオを奏でたあと、バンドは轟音の音の塊を掻き鳴らし、疾走するギターとともに「日常に生きる少女」という曲を演奏した。音源を聴いただけでは「ヤヨイちゃん」が誰なのかはわからないが、丁寧にライブの様子をレポした「毎日中学生新聞」の「それゆけ!毎中音楽部」の記事がそのままアルバムのジャケットとなっているので、そのときの様子を引用しよう。

ライブ終盤、向井さんが言った。

「あのー、ちょっとですね、会場を明るくしては頂けないでしょうか」。

観客が照らされる。戸惑う人、笑を浮かべる人、反応はさまざまだ。

「うーん、全員見えますね……。」

向井さんは黙って、場内を見渡す。

1人に目を止め、呼びかけた。「キミ、名前は何とおっしゃるんですか」

「ヤヨイ」

「ヤヨイちゃん、ありがとうございます。ヤヨイちゃんは花店の店員なんですね」。突然、向井さんが言い出した。観客は爆笑だ。

「ヤヨイちゃんは北千住に住んでいます。花店の仕事は冬場はつらいですね……」。プロフィールを空想し、述べたてる。場内の笑いはおさまらない。

「家に帰るとテレビを見て、ケーキを食べて、ふろに入って寝る。彼女は友達がそんなにいない。でも日常を受け入れ、普通に生きている。オレはそれが素晴らしいと思う。あるがままを受け入れず、日常から逸脱するのってどうなんやろな?オレはヤヨイちゃんが好きや!ヤヨイちゃんにささげます!」。

観客のひとりを指し勝手にプロフィールを作り「ヤヨイちゃん」と名指す。そして彼女を「日常に生きる少女」として仕立てあげ、歌に物語を与える。「妄想」をひとつのキーワードにした何とも向井らしいMCで、こうした語りはパターンを変えて何度も何度も繰り返され、わたしたちは苦笑いをしながらも歌の変奏に心を踊らせてきた。

 

さてもう一週間以上も前になるが、シャムキャッツのTAKE CAREリリースツアーファイナルを観にリキッドルームに行ってきた。そこでボーカルの夏目知幸は「WINDLESS DAY」を演奏する前にこんなMCをしていた。曰く「管理会社に勤めていて、彼氏がいて、シャムキャッツやミツメじゃなくてグッドモーニングアメリカとかを聴いている26歳の女がある日風邪と偽って会社を休んだ、そんな日の曲をやります」。語り口はこんな感じではなく、もっと口からで任せ感のある適当なものだったと記憶しているが、話していた内容は大体こんな感じだ。具体性のある物語を曲に与えるという行為に、かつての向井秀徳の姿を思い出す。しかし夏目と向井が違うのは、向井はあくまでも「俺」の視点を通して風景を描き続けたのに対して、夏目は視点を組み替えながらより多角的に風景を描き出す点である。今思い返しても些か個性的な向井の書く詞に比べて夏目の詞はより大衆的で間口が広いのだ。「WINDLESS DAY」はミドルテンポのギターストロークに乗せて、誰にでも届くような普遍性のある言葉でこのように歌い始められる伝えたいこと考えておかなくちゃ いつでも だってそのときがいつ来るかわからないよ…」

 

今年リリースされた『TAKE CARE』は前年にリリースされた『AFTER HOURS』の続編的な作品である。全ての曲が連作短編のように連なり、ひとつの町を浮かび上がらせる。それはかつて向井秀徳が「俺」の視点で幻視した「冷凍都市」ほど主観性が強いものではなく、また焦燥感に溢れたものでもない。夏目智幸は「彼」「彼女」を通して、日常に潜む感情の機微を丁寧に、ときにハッとするような言葉で掬い取り、平穏と不穏のあいだの曖昧なムードを絶妙に描き出す。『AFTER HOURS』と『TAKE CARE』で夏目知幸が描いた町は今、工場、団地、陸橋、高速道路、駐車場、缶コーヒーといったありふれた言葉を通して、ひとつの世界を確立しつつある。そこに住まう若者たちの日常とは、愛しい恋人がいて彼女にちょっかいを出してくる男に焼きもちを妬く男の日常であり(「KISS」)、転勤を断って会社を辞めた女がフローリングに寝転びながら「アンリ・ルソーの絵を飾ろう」と思案する日常であり(「LAY DOWN」)、夜勤のトラック運転手と昼間に会社勤めをする同棲カップルが夕方に一緒にご飯を作る日常である(「MODELS」)。そこに登場する彼や彼女は自分ではないが、容易に詞の中に自分や自分の周りの生活を見つけることができるのだ。かつて向井が描き出したような奥行きのある風景と同質のスケールを持つフィクションを同時代性をもって熱狂できるこの喜び。これこそ自分がずっと待ち望んでいたものではないかとすら思っている。

 

ライブは『TAKE CARE』『AFTER HOURS』から全曲が演奏され、加えて「SUNNY」「さよならアーモンド」「渚」「アメリカ」などといった過去の楽曲も多く演奏された。『TAKE CARE』というアルバムタイトルはYo La Tengoの『Summer Sun』収録の「Take Care」から取られたと言う。彼らのこの日の入場曲もYo La Tengoの「Sugarcube」だった。この日の演奏はさながらYo La Tengoを彷彿させるような耳をつんざく轟音で演奏された。轟音。これもまた向井がキーワードとしたものである。別に彼らがナンバーガールの強い影響下にあると言いたいのではない。ここで書いているのはあくまでも個人的な音楽やバンドに対する思い入れの話である。彼ら自身「僕らみたいな活動でリキッドでワンマンをやることができました」とMCで言っていたが、リキッドでワンマンをやるというのはいち観客の自分からしても晴れ舞台感があって、グっとくるものがあった。自分はナンバーガールを観ることは叶わなかったが、自分と同世代のシャムキャッツというバンドがこんなライブをしてくれたことに手前勝手に誇らしく思い、また同時代に生きられることの嬉しさに感じ入るばかりなのである。

 

 

TAKE CARE

TAKE CARE

 

 

AFTER HOURS

AFTER HOURS

 

 

シブヤROCKTRANSFORMED状態

シブヤROCKTRANSFORMED状態

 

 

Summer Sun

Summer Sun

 

 

 

I Can Hear the Heart Beating As One

I Can Hear the Heart Beating As One