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TOMBERLIN "AT WEDDINGS"

信仰と世俗の狭間から零れ落ちた10の歌ーTomberlin"At Weddings"

AT WEDDINGS [LP] (DOWNLOAD) [12 inch Analog]

AT WEDDINGS [LP] (DOWNLOAD) [12 inch Analog]

 

毎度のごとく凄いだのヤバいだの素晴らしいだの言っていて馬鹿みたいですが、 Saddle Creekより今年リリースされたTomberlinの"At Weddings"が本当に素晴らしい。昨今、女性SSWモノが豊作であることは周知のことですが、Tomberlinによるあまりにも深みを感じさせるこの一枚は、またそれらの流れとは別のところから出てきたような孤高性が感じられるのです。

公式のバイオグラフィーによれば、本作は彼女が10代の後半から20代の前半に掛けて生み出してきた楽曲群のようだ。フロリダ州ジャクソンヴィルで生まれた彼女は厳格なバプティストの牧師を父に持ち、幼い頃は父の仕事の影響で引っ越しを繰り返していたようだが、最終的に南部のイリノイ州の田舎に根を下ろす。幼少の頃に音楽に触れる機会はごく限られており、数少ないCDを買ったとしても親に見つからないように隠しておかなければならなかったという。16才でホームスーリング(通学せずに家庭を拠点に行う学習)のカリキュラムを終えた後、クリスチャンカレッジに進学するものの17才でドロップアウト(彼女はこのクリスチャンカレッジを半ば冗談めかして「カルトだった」と語っている)しており、この頃から本作に収録されることとなる楽曲を作り始めていたようだ。これだけの経歴からも簡単に推し測ることができるように、彼女の幼少期から思春期は「深い孤独」に包まれており、この頃の日々を彼女は「単調で永遠に続く空虚のようだった」と述懐している。また同時に、音楽を作ることを「人生の次のステップに向かうための手段だった」とも語っている。

ギターと鍵盤、簡素なストリングスとボーカルから成る本作の楽曲群は儚いほど静かだが、同時に確かな強さを感じさせるものだ。それはまるで静かな嵐の最中にある若木が風に揺れる音のような音楽であり、静かな海に漂う流木が鳴らす水音のような音楽である。あるいは、自分ひとりで抱える大きな混乱の中で何とか絞り出した小さな叫びのような音楽である。こうしたイメージは上に書いたような彼女のバックグラウンドを知らなかったとしても、音楽から伝わってくるものだ。大袈裟な言い方だが、トムバーリンの音楽は個々の孤独な魂に訴えかけてくるような音楽なのである。それだけこの音楽はシンプルで、歌の純度が高い。歌の純度とは何か? それは思いがけない「感情の表出」から生まれる声のことだと私は思う。トムバーリンが歌うことは、悲しみや苦しみで思わず泣いてしまうことや楽しくて思わず笑ってしまうという行為に近しいものだと感じる。そして、この「純度の高い歌」が彼女のある種特異な経歴から生まれたものであったとしても、それは多くの人の琴線に触れることになるだろう。なぜなら、個の体験や感情が歌として昇華されたら、それはもう個のものではなくなり、誰のものにでもなるからである。「歌」とはそういうものだと自分は思っている。

この音楽が何に似ているかと考えてみると、よく言われているようにGrouperの音楽やSufjan Stevensの"Carrie & Lowell"の静謐さに近しいものを感じる。あるいは、「歌の純度」ということで言えば、二階堂和美の歌も想起させられた。それと同時に、最も近似性を感じたのが、Judee Sillの音楽だった。ジュディ・シルもまた、経緯は異なれど、キリスト教の宗教音楽に強い影響を受けたシンガーソングライターだった(彼女は不遇な家庭環境から10代の頃にドラッグと犯罪に手を染め服役し、その際に受けた教育プログラムでキリスト教に感銘を受け、バッハなどの古典音楽を研究することによってソングライティングの手法を確立した)。信仰を捨てて世俗の歌を手にしたトムバーリンと、世俗を捨てて信仰に向かおうとしたジュディ・シル。正反対の方向に向かった両者だが、その境目から生まれた音楽として、二人の歌は確かに交差している。


Tomberlin - Any Other Way


Tomberlin - Self-Help


Tomberlin - Seventeen


Judee Sill - The Kiss

 

ジュディ・シル